koza207’s diary

70歳過ぎた私が50歳の私を懐かしく振り返ることを想い始まった  とうに感傷の時はすぎてしまい いつ迄つづくのか続けられるのか?       

天井絵の思い出


< 今日の花 デュランタ・宝塚 >
目に清か 清楚な紫は花びらの白い縁取りのせいで甘くソフトな印象です
園芸店では小さなポットに入れられていつも花が咲いていますから
ひと目の可愛らしさで人気の高い花ですが 可愛さの裏面の物凄さ
2,3年もすると本領発揮してとんでもない大株になります
どうだと云わんばかり<樹高30センチが〜〜2メートルに>
慌てて切り詰めれば詰切りめる程に次々と枝葉を伸ばし続け
終には花を咲かせなくなる・ご機嫌やで難しい花木です


秋風・青い空・澄んだ空気と流れる雲・・・あの時
遠い日のお話・・・ 半世紀以上も大昔のことで御座います
京都の大谷寺の末寺であると聞いた田舎の寺は大谷村にあり名を由緒正しく大谷寺という
その大谷寺で50年に一度のお祭り稚児行列 今風イベント
私は中学生であったから年齢制限で稚児行列には参加できず 簪さして化粧をし紅いべべ着た御稚児さんを羨ましく見た覚えがあります
しかし活躍の場は寺の修復で天井絵の張替にありました 地域の画家・先生・檀家の子等絵の達者が選ばれ作品を手分けして書いたものです
近頃思うに 私があの時書いた絵はまだ田舎の寺の天井絵として残っているだろうか
50年に一度の改修であれば 既に寺の改修も行われ天井絵の張替も済んだかと思われる
長い長い年月忘れていたのに 青空と済んだ空気感に誘われてフト思い出して懐かしさに胸が震える


天井を見上げてあれが私の作品と指差した昔むかしのその昔
以来何度か見るチャンスがあったのに思い出すこともなかった
故郷も遠くなりとうとう見る機会もなくなった・・・50年ね〜
今その絵を目前にすれば青く未熟な当時の自分がそこに有り
遭遇の恥ずかしさでとても正視できないかもしれない
今更見たくもないと思ったリ今一度見たかったと思ったり
少ない資料を漁り 幼い想像力で描き上げた絵 
・・・白鷺佇む・・・